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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13640号 判決

原告

株式会社三優社

右代表者代表取締役

松島外八

右訴訟代理人弁護士

宮﨑敦彦

補助参加人

株式会社イー・シー・オー

右代表者代表取締役

荒井靖

右訴訟代理人弁護士

西山安彦

被告

株式会社ボルケーノゴルフアンドカントリークラブ

右代表者代表取締役

小林哲雄

右訴訟代理人弁護士

髙山征治郎

東松文雄

亀井美智子

中島章智

枝野幸男

主文

一  被告は、原告に対し、金二七〇一万一二七八円及び内金一一五万八九九九円に対する平成三年六月一日から、内金八四七万四三二五円に対する同年七月一日から、内金一七三七万七九五四円に対する同年八月一日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち、参加によって生じた費用の二分の一を補助参加人の、その余を被告の各負担とし、その余の訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二八三六万三六六八円及び内金一一五万八九九九円に対する平成三年六月一日から、内金九八一万八四七五円に対する平成三年七月一日から、内金一七三八万六一九四円に対する平成三年八月一日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、米国ハワイ州所在のゴルフ場を取得し日本においてその会員権を販売することを目的として設立された被告と、被告設立前後に右ゴルフ場の会員権販売のためのパンフレット、預託金証書、入会申込書等の印刷を請け負った原告との間で、右印刷代金債務を被告が負担すべきか、補助参加人ないしその代表者個人が負担すべきかが争われている事件であり、主たる争点は、原告に対する印刷発注行為をした龍華一雄又は大島純に、印刷請負契約締結の代理権があったか、又は表見代理が成立するか、これが肯定された場合、被告設立前に、原告との間で印刷請負契約を締結したのは、設立準備中の被告の代表者か、補助参加人か、補助参加人の代表者個人か、さらに、被告設立前の発注による印刷代金債務を被告が負担すべきか、である。

二  前提となる事実(争いがない。)

1  原告は、活版印刷等を事業目的とする株式会社である。

2  被告は、ゴルフ会員権の販売等を事業目的とする株式会社として、平成三年四月一九日に設立された株式会社(代表取締役増田俊男)であり、同年六月一五日に解散し、増田俊男(以下「増田」という。)が清算人に就任したが、平成五年五月一二日会社継続となった。

3  補助参加人は、ゴルフ場の管理、経営、ゴルフ会員権の販売等を事業目的とする株式会社で、代表取締役は荒井靖(以下「荒井」という。)である。

4  ハワイ・インターナショナル・スポーティング・クラブ(以下「HISC」という。)は、米国ハワイ州の法人であり、同州所在のゴルフ場ボルケーノゴルフアンドカントリークラブ(以下「本件ゴルフ場」という。)を所有しており、代表者は橘繁行(以下「橘」という。)である。

三  原告の主張

1  被告は、平成三年四月一九日本件ゴルフ場のゴルフ会員権を日本国内で販売することを目的として設立されたものであるが、既に平成二年からその設立が予定されており、会員権の販売事業が具体化した平成三年一月二〇日には、増田が被告の代表者代表取締役になって会員権の販売名義人となることが決定していた。そこで、増田は、被告のために龍華一雄(以下「龍華」という。)及び大島純(以下「大島」という。)を通じて被告名義の銀行口座を開設し、同月ころ、龍華及び大島に対し、会員権販売事業のためのパンフレット、預託金証書、資格認定証書等の印刷物を原告に発注する代理権を授与し、以後、同人らが原告と打合せを開始した。

2  原告は、平成三年一月ころから、設立準備中の被告の代表者の増田から、代理人の龍華又は大島を通じて、随時右預託金証書、資格認定証書、パンフレット等の印刷物の発注を受けて(以下原告が発注を受けた印刷物を「本件印刷物」という。)印刷を行ったうえ、同年二月には、預託金証書及び資格認定証書各一七〇〇部を設立準備中の被告に対して納品し、さらに、被告設立までの間に、別紙納品等一覧表記載の印刷物のうち、会員募集要項三〇〇〇部、封筒一万一〇〇〇部、入会申込書一万二〇〇〇部、パンフレット三〇〇〇部、パンフレットケース三〇〇〇部、入会承認書三〇〇〇部の発注を受けて納品したほか、被告設立後も同一覧表記載の印刷物の発注を受けて被告に納品していたが、被告は、同年六月一八日ころから新規の発注を中止し、原告に発注済みであった同一覧表未納分記載の印刷物の受領を不当に拒絶した(以下これらの発注を総称して「本件請負契約」という。)。

3  龍華及び大島が原告との間の本件請負契約を締結する代理権を有していたことは、以下の事実に照らしても明らかである。

(一) 龍華及び大島は、被告のためにすることを示して印刷の発注をしていたし、発注内容もまさに被告の名前の入った印刷物であり、打合せに当たっても、右両名で決定できないものは増田に相談していた。

(二) パンフレットのポジフィルムは、増田及び橘の指示によって原告に交付されたものであり、パンフレットの一部である増田の顔写真、経歴、署名及び挨拶文は、同人が龍華を通じて平成三年三月原告に交付したものであるから、増田が原告への印刷の発注について了解したことは明らかである。また、増田は、同年四月一九日、大島に対し、会員募集を行うためのパッケージ五〇部の送付を要請し、うち二〇部は増田の本籍地に本店をおく同人の会社である東都産業株式会社に送付するよう要請している。

(三) 本件印刷物の大部分は、被告設立後に納品されているし、同年五月八日、被告の本店が東京都新宿区の補助参加人の事務所内から東京都港区赤坂の被告肩書住所地に移転したが、いずれの場所においても、被告の役員らがこれを受領し、整理したり、会員権販売業務に使用するなどしていた。

4  仮に、龍華及び大島に代理権がなかったとしても、右事実によれば、原告は、同人らに代理権があると信じ、かつ、そのように信じるにつき正当な理由があるというべきであるから、表見代理が成立する。

5  また、仮に表見代理が認められなくても、被告は、原告が納入した印刷物を使用しているのであり、かつ、原告は、設立準備中の被告ないし設立後の被告から、印刷代金として、平成三年二月分を同年四月一日、同年三月分を同年四月三〇日に、四月分六五〇万五二七四円のうち五三四万六二七五円を同年五月二〇日及び三一日に、それぞれ支払を受けており(毎月月末締め切り翌月末日払との約束)、また、被告は、設立準備中から設立後にかけて被告において負担した原告関係以外の債務については、支払を了しており、原告に対する未払の印刷代金のうち一〇九七万七四七四円についても、これを収支状況報告書に「未払金」として計上しているのであるから、被告は、龍華らの代理行為を追認したものというべきである。

6  なお、本件印刷物に関する基本的な合意は被告の設立前に成立しているが、設立以後は、個々の印刷物の発注や印刷内容の変更の申入、印刷物の受領、代金の支払等を通じて、原告被告間に同様の基本的な合意が黙示的に成立していたものである。

7  本件請負契約による債務の一部が、被告設立前のもので設立準備中の被告の開業準備行為として、当然に設立後の被告に承継されるものではないとしても、右債務は、設立準備中の被告の代表者であった増田又は実質上の経営者であった荒井の無権代理類似の行為として同人らが責任を負うべきものであるところ、被告は、設立後において、増田又は荒井の無権代理類似の行為を明示的又は黙示的に追認し、そうでなくても、増田又は荒井自身の本件請負契約上の注文者としての地位を譲り受けた。

8  本件印刷物の印刷代金のうち、平成三年四月分から同年六月分までの印刷代金の未払分は次のとおりである。

平成三年四月分一一五万八九九九円

同 年五月分九八一万八四七五円

同  年六月分

一七三八万六一九四円

合計 二八三六万三六六八円

なお、原告は、被告に対し、別紙納品等一覧表記載の未納分の各印刷物を受領するよう再三にわたって催告したが、受領を拒否されたため、現在も保管している。

9  仮に、本件請負契約に基づく残代金請求が認められないとしても、被告は、本件印刷物について提供された原告の労務を不当利得し、原告は印刷代金に相当する損失を被っており、被告はこれにつき悪意であったから、被告は、原告に対し、右残代金相当の金員を返還すべきである。

10  よって、原告は、被告に対し、本件請負契約に基づく残代金請求又は不当利得に基づく返還請求として、二八三六万三六六八円及び内金一一五万八九九九円に対する平成三年六月一日から、内金九八一万八四七五円に対する同年七月一日から、各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告の主張

1  原告及び補助参加人の主張は争う。

本件印刷物の発注について、被告及び増田は、龍華や大島に代理権を与えたことはないし、その無権代理行為を追認したこともない。仮に、表権代理が問題になるとしても、原告は、善意無過失ではなく、代理権があると信ずべき正当の理由もない。

本件印刷物は、荒井ないし補助参加人が、被告の設立前の平成三年一月末ころから継続的に被告の名前を冒用して発注したものである。したがって、被告には、原告に対する印刷代金の支払義務はない。

2  被告が原告に対し発注し、受領した印刷物は、別紙納品等一覧表の73ないし76、79、80、82ないし86である。ただし、これらの発注が、荒井ないし補助参加人の原告に対する印刷物の注文を追認したり、注文者の地位を譲り受けたことにならないことは、当然である。

五  補助参加人の主張

被告は、HISCの株式を買収することにより本件ゴルフ場を取得し、そのゴルフ会員権を販売することを主たる目的として設立された会社であり、その買い受け資金の調達のために会員権を販売することは、平成二年一二月中旬ころには、橘、増田、荒井の間で話し合われ、決定されていた。本件印刷物は、そのためのものであり、被告は、これを利用して利益を受けているのであるから、その印刷代金は当然被告が負担すべきものである。

第三  当裁判所の判断

一  被告設立までの経緯

甲第三二ないし第三六号証、第四一号証、乙第一ないし第三号証、第六、第九、第一〇、第一二号証、丙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第七号証の一、二、証人龍華一雄、同古賀順子、同橘繁行、同荒井靖の各証言、被告代表者清算人本人として尋問された増田俊男の尋問の結果(以下「増田本人尋問の結果」という。)、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件ゴルフ場は、もと、ハワイ州法人であるハワイ・インターナショナル・スポーティング・クラブ(HISC)が所有し経営しており、平成二年当時は、橘繁行ほか四名の株主がいた。同年五月ころ、橘ほか四名の株主は、本件ゴルフ場を売却することを決め、その方法としてHISCの全株式を売却することにした。

2  増田俊男からHISCの株式売却の情報を得た補助参加人の代表者の荒井靖は、当初はこれの購入を希望していた佐藤充雄の代理人として、橘ほか四名の株主と商談を進めていたが、右佐藤が買い受けを断念した後、荒井が経営する補助参加人においてこれを買い受けることにし、同年一〇月一九日、補助参加人と橘ほか四名の株主との間で、HISCの全株式を代金二八億円で売買する旨の合意が成立した(以下これを「第一次売買契約」という。)。

3  しかし、補助参加人は、頭金の一億四〇〇〇万円を支払ったものの、残代金の最終支払期日であった同年一二月一八日までにその支払ができる見込みが立たなかったため、橘、荒井、増田において協議した結果、手付金の没収や金利相当分の支払をするなどの条件の下に、支払期日が平成三年一月四日まで延期され、さらに一月三一日、二月二八日と延期されたが、結局補助参加人は残代金の支払ができず、第一次売買契約は、同年二月二八日解除された。

4  この間、荒井及び補助参加人は、資金の調達に努める一方、買い受け後の会員権の販売について、橘及び増田との間で、順次具体的な内容を調整していたが、平成三年一月下旬ころまでには、会員権の販売会社として株式会社日本ボルケーノゴルフアンドカントリークラブを設立すること、代表取締役に増田が就き、会員権発行の名義人になること、会員権販売の代理店として株式会社藤ゴルフ企画(代表取締役印藤督彦、以下「藤企画」という。)を使うことなどを合意しており、また、平成二年一二月二六日付けで、橘に対し、会員権を販売する場合、個人会員権一口につき一〇万円、法人会員権一口につき二〇万円を支払う旨を誓約していた。。

5  荒井は、第一次売買契約が解除された後もHISCの株式の取得を強く希望し、増田を通じて橘と交渉した結果、平成三年四月上旬ころまでに、第一次売買契約の代金に五億円を上乗せして分割で支払う旨の売買契約を改めて締結することで、基本的な了解が得られたが、橘以外の株主の反対があったため、橘が他の株主の株式を買い受けて、これを一括して売却することになり、その際、買主を補助参加人ではなく、新たに設立する日本法人の被告とすることになった。また、従来の経緯から、被告の代表者には増田がなり、橘、荒井、大島、龍華らが役員ないし従業員になることになった。

6  右の基本的了解事項の下に更に調整が行われた結果、平成三年四月二五日付けで、株売買合意書及び販売促進合意書が橘と荒井及び増田との間で締結された(以下これを「第二次売買契約」という。)。同契約書には、次のとおりの内容が含まれていた。

(一) 売主の橘は、買主の荒井及び増田(以下この第6項において「買主たち」ということがある。)により設立される新法人(被告)へ、HISCの株式の九五パーセントを三三億円で売却することとし、買主たちは契約成立後速やかに新法人の被告を設立し、その新法人により株式を買収する。

(二) 新法人の株式は、荒井及び増田が各47.5パーセント、橘が五パーセントを保有し、橘が取締役会長に、増田が代表取締役に就任する。

(三) 新法人は、本件ゴルフ場の会員権を販売する権利を取得するが、会員権証書の様式、ゴルフクラブの会則、藤企画ほかとの代理店契約等は、橘の事前の承認の下で決定することとし、かつ、会員権証書、広告等の販売促進材料等は、橘の事前承認なく発行使用は許されない。

(四) 新法人(その設立までは買主たち)は、この合意書の条件にのみ基づいて承認された会員権証書を印刷することを許可され、印刷と同時にすべての会員権証書は売主の橘に渡され保管される。増田は、新法人又は買主たちを代表して会員権証書を発行交付することを許可される。

(五) 会員権販売開始と同時に新法人(その設立までは買主たち)は、橘に対し、販売個人会員権それぞれにつき一〇万円、販売法人会員権それぞれにつき二〇万円、又は、適応会員権合計価格の2.8パーセントのどちらか多額のほうをロイヤリティとして支払う。

7  その間、平行して荒井により新法人の設立準備が行われた結果、右契約に先立つ平成三年四月一九日、増田を代表取締役とする被告の設立登記がされた。ただし、増田自身及び橘は、被告が設立登記されていることを同年五月初旬ころまで知らなかった。被告のその他の取締役として、橘、荒井のほか、大島、龍華、藤企画の代表者の印藤督彦、ハワイの不動産ブローカーの古賀順子などが名を連ねていた。

二  設立後解散までの経緯

甲第四一、第四七号証、乙第一ないし第三、第五、第七ないし第九、第一一、第一三号証、丙第一、第六号証、証人龍華一雄、同古賀順子、同橘繁行、同荒井靖の各証言、増田本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、平成三年五月二日、当時の本店所在地である東京都新宿区新宿一丁目三四番三号(補助参加人の所在地と同じ)で取締役会を開催し、被告の株式を荒井と増田が47.5パーセント、橘が五パーセント保有するよう株式の譲渡承認を決議するとともに、代表取締役社長として増田を、取締役会長として橘を選任し、橘に会員権販売について前記の合意のとおりのロイヤリティの支払を承認するなどし、同時にHISCの株式買収のための売買契約を締結し、ゴルフ会員権の販売代金の中からそのための資金を支払うことを議決した。また、被告は、平成三年五月八日前記本店所在地から東京都港区赤坂七丁目一〇番九号に本店を移し、同所で本格的な活動を開始した。

2  ところで、本件ゴルフ会員権については、前記のとおり、第二次売買契約において、その印刷、販売につき、橘の承認を得ることになっていたが、荒井は、第一次売買契約が解除される以前から、独自の判断で会員権の発行準備を始め、後記のとおり、原告に預託金証書の印刷を発注し、納品を受けた分の一部を藤企画を通じて販売したり、担保に入れるなどしていたが、そのことについては増田や橘に報告をせず、増田や橘は、預託金証書が見本として作成されたもの以上に印刷され、その一部が発行されたり担保とされるなどして出回っていることを知らなかった。増田は、平成三年五月中旬ころ、補助参加人の事務所を訪れた際に、預託金証書が既にかなりの数量印刷され、発行されているのではないかとの疑いを持ち、橘と連絡を取って調査をした結果、預託金証書二〇〇枚が藤企画の印藤督彦に三億円の借り入れの担保として差し入れられていることが分かり、同月一七日の被告の取締役会で荒井もその事実を認めるに至った。そこで、橘は、会員権が橘及び増田の知らない形で既にかなりの枚数売られていることを知るに及び、荒井に対して約定違反を追及したりしたが、荒井がはっきりした釈明をしなかったことから、荒井の第二次売買契約違反が明確になったとして、同年六月一二日付けで、被告に対し、第二次売買契約を解除する旨の意思表示をし、また、橘と増田との間で相談をした結果、被告を解散した方がよいということになり、同月一四日被告の臨時株主総会を開いて会社の解散を決議し、清算手続を開始した。

3  橘は、被告の解散決議後、平成三年八月、本件ゴルフ場の会員権の販売事業のために株式会社ブイ・ジー・シー・シー(以下「VGCC」という。)を設立し、被告の営業を一部引き継いだ。

三  原告との印刷請負契約

甲第一号証の一ないし一一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし二一、第二一号証の一ないし五二、第二二号証の一、二、第二三、第二四号証、第二五号証の一ないし三、第二六号証の一ないし四、第二七号証の一ないし七、第二八号証、第三〇号証の一ないし五、第三一号証の一ないし四、第三六号証、第三七号証の一ないし五三、第三九ないし第四一号証、第四二号証の一ないし一四、第四三号証の一ないし一五、第四四号証の一ないし一三、第四五、第四七号証、乙第一、第二号証、第四号証の一ないし九、第五、第九、第一一号証、丙第一号証、証人龍華一雄、同古賀順子、同橘繁行、同荒井靖の各証言、原告代表者松島外八、増田各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  荒井は、平成三年一月中旬ころ、第一次売買契約を前提に、本件ゴルフ場の会員権を販売する準備のため、原告に印刷の注文をすることにして、補助参加人の従業員である龍華を通じて原告に話をし、最初に預託金証書二〇〇枚の発注をした。この預託金証書は、同年二月八日補助参加人の事務所において龍華に引渡された。原告は、その後も同内容の預託金証書の発注を受け、同月一四日に八〇〇枚、同月一八日に六〇〇枚、同月二二日に一〇〇枚を順次龍華に引き渡した。また、原告は、資格認定証書一七〇〇枚についても発注を受け、同月二六日納入した。

2  平成三年三月になって、龍華は、原告に対し、会員募集要項、入会申込書(個人用及び法人用)、入会承認書、パンフレット、封筒、預託金証書預り書、預り金領収書、入会金領収証等の発注をした。パンフレットの発注に当たっては、龍華は、以前に大阪で本件ゴルフ場の会員権の販売代理店となっていたTYTが作成したパンフレットの原版を、橘の指定した会員権販売代理店である藤企画から預かったうえ、これを、増田から送付を受けていた同人の写真や署名、挨拶文とともに原告に交付し、これらに基づいて作成するよう指示した。

3  原告は、これら発注を受けた印刷物を順次印刷し、別紙納品等一覧表記載6ないし17のとおり、同年三月二九日に納品したが、二月納品分も含め納品書及び請求書については、当初からこれらの印刷物の発行名義人が被告名であり、代表取締役として増田俊男の表示がされていることから、注文主は被告であると認識しており、被告宛にこれを発行していたが、一部の印刷物については、龍華の指示により、新日本アーバンシステム株式会社宛に納品することもあり、その場合には、納品書、請求書も同社宛に発行していた。なお、支払は毎月末日締め切り、翌月末日支払の約束であった。

4  増田は、平成三年三月二八日に日本で打合せを行い、その際、パンフレットに入れる自己の経歴をハワイからファクスにより送らせており、さらに、同年四月八日、ファクスにより荒井に対し、第二次売買契約の打合せに同月九日ハワイに来る際に、手形、被告の代表印及び社印、会員権の見本、クラブ会則、パンフレット、藤企画が使用する書式の見本、領収証等を持参するように要望しており、同月中旬ころには増田自身同席して資格認定証書の内容について荒井や龍華と打合せをしており、さらに、同月一九日、大島に対し、パンフレット及び新会社名の申込書、預り証、領収証を入れたパッケージ三〇部のハワイへの送付等を指示した。

5  原告は、その後も龍華から印刷の発注を受けてこれを印刷し、別紙納品等一覧表記載のとおり、被告の本店が新宿から赤坂に移転後は赤坂の本店と新宿の事務所の双方及び新日本アーバンシステムズへ納品し、龍華又は被告の従業員の藤本浩子らの受領印ないしサインを徴し、平成三年四月一日に同年二月分の代金一八六万九二四四円の、同年四月三〇日に同年三月分の代金一一七万二二四三円の、同年四月分の代金について同年五月二〇日にそのうち一八四万六二七五円を、同月三一日に三五〇万円の、各支払を受けた。

6  被告は、設立後、原告から納品されたパンフレットを始め各印刷物を使用して、会員権の販売等の営業行為を行った。

7  被告は、荒井の第二次売買契約違反の事実が判明した後、平成三年六月一八日付けで、原告に対し、荒井から注文を受けた預託金証書、会員権預り証、資格証明書等ゴルフ会員権に係る証票の印刷中止と荒井への引渡しの停止を要請すると同時に、同月一九日より後の納品を拒否し、支払も停止した。

また、被告の取締役の古賀順子は、同月二〇日原告を訪れ、本件請負契約について調査した際、原告に対し、印刷代金が支払われるよう努力する旨を述べた。

8  なお、原告は、平成三年六月二一日付けで当時の被告の代理人弁護士からの照会に対し、本件印刷物は、荒井からの委託を受けて印刷納入した旨を回答している。

9  被告の解散登記後、その業務を引き継いだ株式会社VGCCは、ゴルフ会員権販売代理店である藤企画を通じて、原告から納入されたパンフレット等を利用して営業活動を行っていた。

10  被告の平成二年一〇月一七日から平成三年六月二八日までの間の収支状況報告書には、未払金として原告名の一〇九七万七四七四円の記載がある。

11  その後、荒井及び補助参加人と橘、増田、HISC、被告等との間で、第二次売買契約の解除等を巡ってハワイの裁判所で訴訟になったが、平成四年一一月二〇日、相互放棄及び免責合意書を作成して和解した。その内容の一に、原告に対する債務のうち、被告は名刺、パンフレット及び封筒について、荒井及び補助参加人はそれ以外の物品の印刷による債務について支払責任を負う旨の条項が含まれている。

以上一ないし三の各認定事実に反する甲第四一号証、乙第一、第二、第九号証の一部記載、証人龍華一雄、同古賀順子、同橘繁行、同荒井靖、原告代表者松島外八、増田俊男の各供述部分は、他の関係証拠、右認定事実及び次に判断するところに照らして採用できない。

四  争点に対する判断

1  以上の認定事実によれば、原告に対し、現実に印刷の発注行為をしたのは、本件請負契約全体を通じて龍華であると認められるところ、龍華は、被告設立後は被告の取締役になっているが、平成三年一月ころは、単に、補助参加人の取締役、従業員であったのであり、かつ、同年二月末までは、第一次売買契約により、補助参加人がHISCの株式を取得する予定であったのであるから、同人は、補助参加人の役員ないし従業員として、代表者の荒井の指示に基づき、原告に対し印刷の発注をしていたものというべきである。

この点、原告は、注文を受けた印刷物に表示される名義が被告名であったことから、注文主も被告と認識していたことがうかがわれるが、原告代表者や荒井、龍華らの主観的な認識はともかく、この段階では、未だ補助参加人の本件ゴルフ場買い受けすらその成否が確実なものとなっていなかったのであり、客観的には、被告の設立自体必ずしも確定的になってはいなかったのであるから、この段階での印刷発注行為の効果を被告に対して主張することはできないものといわざるを得ない(ただし、この段階の印刷代金は、前認定のとおり、精算済みである。)。

2  次に、第一次売買契約が解除された後で被告の設立前の平成三年三月ころから四月にかけての時期においては、新たに設立する新法人である被告がHISCの株式を取得することになり、補助参加人は、直接関与する必要性ないし余地がなくなったものであり、龍華も被告の役員ないし従業員になることが経過のうえでほぼ決まっていたのであるから、この時期の同人の印刷発注行為は、後述の預託金証書を除き、被告の出資者であり実質的な経営者である荒井及び同じく出資者であり代表取締役となることに決まっていた増田の指示により同人らを代理して行った、設立後の被告のための開業準備行為であったというべきである。

この点、被告は、増田が原告に対する印刷発注に関与したことを否定し、かつ、同人がそのための代理権を龍華に与えたことはない旨主張するが、前記三の2及び4で認定したとおり、増田は、平成三年三月中に自己の写真や署名、経歴、挨拶文等をパンフレット等の印刷のために送付したり、同年四月には第二次売買契約のための打合せの際にパンフレットその他の印刷見本を持参するように荒井に連絡し、かつ、同人自身荒井や龍華とともに資格認定証書の内容を調整し、パンフレットとともに新会社名の申込書、預り証、領収証等を入れたパッケージを送るよう大島に対して指示するなどしているのであるから、増田は、開業のための準備行為として預託金証書を除く印刷物の発注をする必要があることを認識し、これに自分自身関与するとともに、発注のための代理権を荒井や龍華に包括的に与えていたというべきであり、かつ、現実にもこれらの印刷が行われていることを知ってこれを容認していたものと認めることができる。

3  さらに、被告設立後における龍華の原告への印刷物の発注行為は、後述の預託金証書を除き、前認定の事実によれば、被告の役員、従業員として、代表者の増田から授権された被告の事業のための被告を代理した行為であったというべきである。

4 以上によれば、龍華が原告に発注した印刷物のうち、前記2の段階において発注した分については、これは、被告設立前の開業準備行為であって、設立中の被告の目的の範囲外であるから、その効力が当然に設立後の被告に帰属し又は承継されるものではない。また、これが財産引受に当たるとしても、弁論の全趣旨によれば、商法一六八条一項六号所定の事項が被告の原始定款に記載されてはいないことが認められるから、これは財産引受としての効果が被告に対して発生するものではないというべきである。

そうすると、これらは、被告との関係では、設立準備段階での実質的な代表者であった増田及び荒井の無権代理類似行為であるというべきであり、したがって、同人らが民法一一七条の類推適用により請負契約における注文者としての責任を負うべきものであるところ、前認定のとおり、被告は、原告が印刷した成果品である印刷物を設立後においても受領していること、橘及び増田が問題とした預託金証書以外のものについては、一部利用して営業活動を行っていること、設立後において印刷代金の一部の支払をしていること、本件印刷物以外の開業準備行為による債務については、本件を除きその支払をしていること、被告の収支状況報告書の未払金明細の中に原告の分も記載されていること、及び、ハワイにおける橘等と荒井、補助参加人等との和解の内容をも総合考慮すると、預託金証書を除く印刷物については、被告は、原告との本件請負契約における荒井及び増田の注文者としての地位を設立後間もなく譲り受けたものと認めるのが相当である。したがって、被告は、後に判断する部分を除き、原告に対し、この段階における印刷代金債務を負うものというべきである。

5  なお、開業準備段階における龍華の発注行為による納品分が、別紙納品等一覧表のうちのどの時点の分までかは、必ずしも明らかではないが、以上のとおり、開業準備段階における印刷代金債務も、被告設立後の同債務も、後記のとおり預託金証書を除き、いずれにせよ被告が負担すべきものであるから、これは結論を左右するものではない。ただし、前認定のとおり、印刷代金は、既にその一部(三月納品分については全部、四月納品分については五三四万六二七五円)が被告から原告に対し支払われている。

6  ところで、預託金証書については、前認定のとおり、その印刷、販売についてロイヤリティの支払の関係もあって、橘の事前の承認が必要とされており、印刷されたものは橘が保管することになっていたのであり、結局、橘及び増田が問題にしたのも、荒井によるこの預託金証書の無断販売ないし発行であるところ、前認定の事実によれば、龍華による預託金証書の印刷発注行為については、被告設立前の段階において(平成三年一月から二月までの段階では、前述のとおりそもそも問題とはならない。)、荒井から代理権を与えられていたとはいい得るものの、増田から代理権を与えられていたとは認められず、かつ、見本以外にその発注の事実を知らなかった増田本人との関係で表見代理が成立するかどうかは別として、被告との関係では、前記二の2で認定した事実関係の下においては、到底、被告が前記荒井又は増田による無権代理類似行為による注文者の地位を譲り受けたということはできないものといわざるを得ない。そうすると、納品時期から判断して、別紙納品等一覧表の36番及び38番の預託金証書については、この段階における発注と考えられるから、その印刷代金については、被告はその支払義務を負わないものというべきである。

次に、被告設立後については、前認定の事実関係の下では、被告代表者の増田が、預託金証書の印刷について、龍華に代理権を与えていたと認めることはできないものといわざるを得ない。

そうすると、龍華は、預託金証書の印刷については、被告の設立前後を通じ、個人及び被告代表者としての増田から発注の代理権を与えられていなかったことになるが、前記のとおり、その他の印刷物についてその印刷を発注する代理権を与えられていたものであり、結局代理権の範囲を超えて行動したことになるところ、前認定の事実関係の下においては、原告にとって、龍華に預託金証書の発注についてのみ代理権がないと判断することは到底不可能であったと認められるから、原告が同人に代理権ありと信ずるにつき正当の理由があったというべきであり、結局、被告設立後の預託金証書の発注行為については、表見代理が成立するものというべきである。したがって、被告は、別紙納品等一覧表の88番については、支払義務があるというべきである。

五  そこで、被告が原告に対して支払義務を負うべき印刷代金について検討する。

別紙納品等一覧表のうち、新日本アーバンシステムズに対する納品分についても、前認定のとおり、龍華による発注行為に基づくものであるから、被告が支払義務を負うものというべきであり、また、未納分についても、前認定のとおり、原告から履行の提供があったのであるからこれを含めることとし、同一覧表の5月分の36番及び38番を前記のとおりであるから除く。その余の3月分以降のものについてみると、甲第二一号証の九ないし五二、第二七号証の一ないし七、第二八号証、第三七号証の一〇ないし五三、第四一号証、乙第四号証の一、二、原告代表者本人尋問の結果によれば、同一覧表6月分の認定欄記載のとおり、6月分の請求額のうち八〇〇〇円分について証拠がないからこれを認定しないほかは、同一覧表(6月分については認定欄による。)記載のとおりであると認めることができる。

六  そうすると、被告は、原告の請求額から、別紙納品等一覧表記載の36番、38番の金額及び八〇〇〇円(いずれも消費税相当額を加算する。)を控除した金二七〇一万一二七八円(同一覧表記載の3月分以後の請求書による金額から、前認定の、既に支払済みの3月分と4月分の一部の金額及び上記控除額を差し引いた金額)の範囲で、原告に対し支払義務を負うというべきである。

なお、同一覧表記載の36番及び38番の預託金証書の印刷代金について、これが原告の主張する原告の労務に対する被告の不当利得に当たらないことは、四の6で判断したところから明らかである。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、金二七〇一万一二七八円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑恒)

別紙〈省略〉

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